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地獄と極楽、死後の行く先を知らしめる「絵解」の業

 善行を積めば天国に、悪行を重ねれば地獄に行く。

 現代に生きる我々からすると当たり前のような思想ですが、実は地獄や天国といった概念は元々日本にあったものではありません。

 古代日本では死者の魂は「山の上など、生者がたどり着けないはるか遠い場所」である「他界」へと旅だち、祖霊となって子孫や村を守ると考えられていました。

 現代でも人が亡くなることを「他界する」と表現するのはこの考え方が日本人の中にしっかりと受け継がれているからなのです。

 この思想は「山上他界観」と呼ばれています。死者の魂が旅立つ「他界」は山の上だけではありません。例えば海岸から近い、海と密接に関わる地域であればはるか海の果てが「他界」とされました。「海上他界」では沖縄文化の死後の世界である「ニライカナイ」が有名です。

 一方で「恐ろしい死者の国」という概念もありました。地面の下にある「地中他界」が相当し、これは日本神話におけるイザナギが死した妻であるイザナミを求めて旅立った「黄泉の国」として伝わっています。

 かつての日本人が死後にどうなるか一番重視していたのは行く場所ではなく、「子孫が続いて、自分を祖先として祀ってくれるか」ということでした。祀られなくなった祖霊は悪霊となり祟りをなすと考えられていたため、祖霊祭祀をとこ通り無く行うことが大切だったのです。

 現在のような天国と地獄の概念は中国大陸から仏教の死後の世界として伝わりました。

 公式に仏教が伝来したのは西暦538年とされていますが、民間にはすでに4世紀後半から流入していたようです。

 疫病や戦乱、飢餓が日常であり今よりずっと死が身近だった時代において、死後どうなるか? は常に人々の関心事でした。

 善行を積めば何不自由無い、安楽な極楽浄土へ旅立つことができ、悪行を重ねれば地獄へ落ちて苦しむ…… 子孫が絶えて祀るものが無くなるとしても関係無く、死後の道行きをある程度自分の行いでなんとかできるという考え方は当時の日本人にとって斬新なものだったのです。

 しかしながら、新しい概念である「地獄」「極楽」を字も読めず、一生涯で生まれた場所から10キロ四方に出ることも稀だった当時の人々に言葉だけで説明することは困難なもの。

 そこで布教のため活躍したのが「変相図」という極楽や地獄を描いた絵でした。

 極楽は美しい花が咲き乱れ、金銀玉で溢れ、天女舞う理想郷として。

 地獄は恐ろしい鬼が人を焼き、切り、責め苦を与え続ける監獄として。

 布教のため変相図を解説する行為を「絵解(えとき)」といいます。

 仏教が一般に浸透し、極楽や地獄の概念が当たり前になるにつれ次第に極楽や大道芸となった「絵解」ですが、当初は仏僧が丁寧懇切に地獄と極楽について説法していました。

 「絵解」が始まった平安中期の一般人が一生に得る情報は現代人が一日に得る情報の1/7であると言われています。

 平安人が一枚の絵を10分間眺めながら説明を受けるということは、現代人に換算すれば大作映画を映画館に篭って三日三晩見続けるほどの体験なのです。

 仏教の死生観を日本人に刻み込んだ「絵解」。
 
 その中心に据えられた地獄極楽図が現代人の心もとらえて離さないのは、かつて先祖が受けた衝撃が、血を通じて我々の魂の中に記憶されているからなのかもしれません。

 
林庵の送る変相図「迎寿厄除張り子 鷲木菟 地獄極楽絵解」

 林庵が送り出す現代の変相図である「迎寿厄除張り子 鷲木菟 地獄極楽絵解(げいじゅやくよけはりこ わしみみずく じごくごくらくえとき)」。

 魔除けの張り子である鷲木菟が「極楽図」「地獄図」の羽毛を身に纏いました。

 紙は伝統ある埼玉小川の張り子紙。

 和牡蠣の貝殻を本膠で溶いた胡粉を一週間、七層にわたって塗粧した古来からの和張り子ならではの製作工程を全て抑えた名品として仕上がっております。
 
 絵付けは迎寿厄除張り子作家の林史恵先生によるものとなっています。

 
迎寿の極楽図
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 「極楽図」は変相図の伝統を守りつつも、日本人の思い描く極楽浄土の姿を柔らかな筆使いで表現。

 中心に据えたのは京都南方の宇治にある平等院鳳凰堂。

 平等院鳳凰堂は平安時代後期の1053年に建立され、池や建物は西方極楽浄土を再現したものです。

 朝廷の力が弱まり、武士の台頭した平安後期は荒れた時代で、仏教の教えで世界の終わりである「末法の世」であると広く信じられていました。

 この世が地獄そのものであった時代、人々が夢見た極楽浄土の姿である平等院鳳凰堂こそ、「極楽図」として最も相応しいものではないでしょうか?

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 極楽図側のわしみみずくの顔は弥勒菩薩のもの。

 弥勒菩薩は釈迦の入滅後、56億7千万年後に救世主として現れ悟りを開き、新しい仏陀として人々を救済するとされている仏です。

 弥勒菩薩は悟りを開いたのち、「三会(さんえ)の説法」で多くの人を救います。一度目で96億人、二度目で94億人、三度目でまた94億人、合計284億人というとてつもない人数とされており、一度だけでも現在の地球人口70億人を救ってまだ26億人お釣りがくるというとてつもないスケールなのです。

 弥勒菩薩への信仰が広まったのはちょうど平等院鳳凰堂が建立された平安後期、末法思想がはびこる時代でした。

 終末に降臨し、人々を極楽浄土へと導く…… 弥勒菩薩は極楽図において外せない存在なのです。

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 極楽図の入り口には象を、空には天女が絵付けされています。

 仏教はインドが発祥で、日本や中国の仏教徒からは「天竺」と呼ばれ、仏教の極楽図に描かれたものにはインドの要素が数多く取り入れられています。

 象はヒンドゥー教の神話で大亀と共に世界を支える動物とされており、極楽図に描かれた象はどっしりとした身体で極楽浄土を永遠に支え続ける要としての意味があります。

 天女はヒンドゥー教の神話に登場する美しい女性の姿をした水の精であるアプサラスが仏教の教えに取り入れられたもの。

 アプサラスは神々の接待役として給餌し、舞を踊るとされ、極楽浄土の華として彩りを与えてくれます。


魔除けの地獄図
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 地獄図は激しくも精密な筆使いで荒ぶる苦悶の世界を描いております。

 中心にには生前の罪状を読み上げ、刑罰を示す閻魔大王が鎮座。

 閻魔は発祥の地であるインドではヤマと呼ばれており、世界で最初に生まれた人間とされています。

 最初に生まれた人間ですから死ぬのももちろん一番最初。初めて死者となった閻魔は自分の後に死者としてやってくる死者のために死の国を整備し、その管理者となったのです。

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 林史恵先生がもっともこだわったのは燃え盛る炎の描写。

 数多くの地獄絵図を研究し、より地獄のおどろおどろしさ、恐ろしさを表現するために赤に加えて黒の炎を激しい中にも女性らしい繊細さを感じさせるタッチで描ききっています。

 地獄側の顔は婆娑羅象や曾我蕭白の地獄絵図を元に、地獄を血走った巨大な瞳で見つめ続ける「凄み」のある顔となりました。

 みみずくは鳥でありながら、巨大な瞳で夜の闇を見透かし、一瞬のうちに獲物を捉えます。

 地獄の獄卒である鬼の目を盗んでも、みみずくの目は絶対にごまかせない……ともすれば災いを招きかねない、地獄図の「おそろしい」力を抑えるのがみみずくの役割なのです。

鎮魂への願いの品として

 地獄図と極楽図には死後の世界への想いがこめられています。

 地獄に落ちることなく、極楽浄土で安泰に仏となれるように……

 先に旅立たれた大切な人への鎮魂の友として。

 仏壇の傍らに佇み、魂の行く末を守り続ける願いの品として。

 林庵のわしみみずくは極上の贈り物となることを自信をもっておすすめいたします。

造形的に優れた芸術作品として

 林庵の迎寿厄除張り子は祝いや魔除けの品であるということに留まらず、純粋に美術品、芸術作品としても鑑賞に耐えうる物として完成されております。

 絵付けも通常の張り子の何十倍もの時間をかけて丁寧に、より丁寧に彩色されており、羽毛の一片、羽の一房にいたるまで丁寧に仕上げられています。

 伝統ある魔除けであるわしみみずくの「形」

 極楽、地獄の変相図を双極に描いた「物にこめられた意味」

 伝統ある宗教画にのっとって細部にまで鎮魂の力となる意味を込めた「想いの力」

 この全てを兼ね備えた「わしみみずく」の中の「わしみみずく」として。

 美術品の収集家にも満足のゆく仕上がりとなっております。


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作者からのメッセージ

 迎寿厄除張り子 鷲木菟 地獄極楽絵解 を製作した迎寿厄除張り子作家の林史恵先生から、作品に込められた想いをいただいております。

 こんにちは。迎寿厄除張り子作家の林史恵です。

 このたびは地獄図と極楽図、相反する題材を鎮魂の品としてわしみみずくに収めるという難題で、ものすごく苦労しました。

 わたしは怖がりなので、絵付けのために何十枚もの地獄図を見たり、延々と炎や苦悶する人々を描いているうちに心も身体もクタクタになってしまい大変なおもいをすることになりました。

 なんとか地獄図を描ききって極楽図に移りましたが、極楽図は地獄図と比べて数が少なく、参考になるものがあまりなく疲労困憊したわたしは書く前からもう逃げ出したくてしかたがなかったんです。

 でも、不思議なもので極楽図を始めたとたんにスラスラと筆が動き、気がつけば思った以上の順調さで極楽図は仕上がりました。

 自分で描いたものながら、極楽側の顔をながめていると、ほっこりと癒されるような気持ちがわいてきます。

 今ではおどろおどろしい興味本位のものとして地獄図などは人気がありますが、「絵解」が始まったばかりの時代の人は、地獄図に怯え、極楽図に夢をはせていたのだと思います。

 自分で実際に描いてみて、変相図の力を本当の意味で知った体験となりました。

 
長い文章を最後まで読んでいただいてありがとうございます。

 旅立たれた方々が、誰もが迷わず極楽浄土へとたどりつけますように。
 

【最高級】 迎寿厄除張り子 鷲木菟 地獄極楽絵解

 
 販売価格 148000円 

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 商品は美術品用の桐箱に封入し、厳重に梱包したうえで発送させていただきます。

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 お手元に届きましたら、「林庵」の捺印を必ずご確認ください。

 ※当店の迎寿厄除張り子は全て1点物です。製作には1点あたり職人が一ヶ月以上時間をかけるものばかりとなっているため、販売済みの張り子については、予約状況にもよりますが注文から発送まで最大6ヶ月以上を必要とすることもあります。

 手作業による1点物のため、同一の商品でもまったく同じものとはなりません。細部が異なる場合がございます。

 商品価格は税抜きとなっております。

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